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星空の下、光のお花畑 40万個のLEDで演出 大分
【動画】大分・久住高原のLED花畑
LEDの花畑が晩秋の久住高原を華やかに彩った=10日夜、大分県竹田市のくじゅう花公園、藤脇正真撮影
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星空の下で光の花畑を楽しむ「久住高原光ファンタジア」の報道公開が10日夜、大分県竹田市のくじゅう花公園であった。
40万個のLEDが音楽に合わせて次々と色を変え、暗闇の高原に鮮やかな花畑が浮かび上がった。点灯は12日から12月25日まで。
震災8カ月、ダチョウ駆ける警戒区域 不明者を一斉捜索関連トピックス原子力発電所 東京電力
【動画】ダチョウ駆ける警戒区域
津波で流され、チェーンがさび付いたままの自転車のわきを、ダチョウが駆けていった。左手にある家はぐしゃぐしゃに崩れ、その向こうには海が見える=福島県富岡町、梅原季哉撮影
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東日本大震災から8カ月になるのを前に、東京電力福島第一原発事故で設けられた警戒区域(半径20キロ)の内側にある富岡漁港(福島県富岡町)周辺で9日、福島県警などが行方不明者を一斉捜索した。
警戒区域内では、海から離れた地点でも、車やがれきがいまだに放置されている。伸び放題のセイタカアワダチソウにのみ込まれそうな田畑も。捜索地点に向かうバスの前を、隣町のダチョウ園で飼われていたと思われるダチョウが1羽、横切っていった。
捜索には機動隊員や海上保安官ら約130人が出動した。福島県警によると、県内の行方不明者は現在226人。警戒区域の沿岸で11日まで捜索を続ける。
「京の2倍速いスパコン」 富士通が発売関連トピックス富士通 富士通が発売するスーパーコンピューター「PRIMEHPC FX10」
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富士通は7日、理化学研究所と共同開発したスーパーコンピューター「京(けい)」よりも理論上の計算速度が約2倍速いスパコンを発売する、と発表した。膨大な計算が必要な気象予測や新薬開発、製品検査などで使われるとして、世界中の企業や官公庁に売り込む。
名前は「PRIME(プライム)HPC FX10」。高さ2メートルほどの箱形で、最大で1024台をつないで使える。その際の理論上の最大計算速度は毎秒2京3200兆回(京は1兆の1万倍)。計算速度世界一になった「京」(864台)の毎秒1京1280兆回の約2倍だ。計算速度を左右する半導体の性能を「京」の2倍に高め、1台あたりの計算速度も1.8倍になったという。
<インドネシア>オランウータンが食用に カリマンタン島
毎日新聞 11月7日(月)10時27分配信
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ジャカルタで、オランウータンのぬいぐるみを掲げて保護を訴えるインドネシア人の保護活動家ら=2011年10月12日、AP
【ジャカルタ佐藤賢二郎】インドネシア・カリマンタン島で住民が、絶滅の危惧があるオランウータンを殺している実態が明らかになった。多くは食用のための捕殺で、米国の環境保護団体「ザ・ネイチャー・コンサーバンシー」(TNC)は過去に計691頭が殺されたとする調査結果を公表した。
【写真で見る】絶滅のおそれのある野生生物
調査はTNCを含む計19団体が08年4月から翌年9月にかけ、カリマンタン島の計698集落(住民約7000人)を対象に実施した。1日に発表された調査結果では、殺した理由は食用が半数を超え、襲撃される恐れがあるため▽肉から伝統薬を作るため▽ペットとして販売する子供のオランウータンを捕まえるため−−など。殺した時期は不明。
オランウータンはインドネシアのカリマンタン、スマトラ島にのみ生息。パーム油の原料となるアブラヤシ農園の大規模開発や違法伐採などで生息地の熱帯林が激減した影響で、世界自然保護基金(WWF)によると、カリマンタン島の生息数は現在約5万頭と60年前に比べて半減した。
TNCのプロジェクト担当者は「環境破壊で生息地を追われたオランウータンが集落に近づき、人間との摩擦が増大している」と指摘。「現在生息地の3割しかない保護区を拡大しなければ絶滅してしまう」と訴えている。
食肉処理場行きトラック横転、ブタ17頭逃走
読売新聞 11月7日(月)10時1分配信
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横転したトラック(奥)から逃げ出した豚(7日午前10時17分、愛知県弥富市で)=尾賀聡撮影
7日午前8時15分ごろ、愛知県弥富市楠1丁目で、トラックがガードレールに衝突、横転し、荷台のブタ17頭が逃走した。
愛知県警蟹江署などが署員約20人を現場に派遣し、ブタの行方を追っている。
同署によると、トラックは他の車を避けようとしてガードレールに接触したという。トラックは同県愛西市から、名古屋市港区の食肉処理場に向かう途中だった。
巨大マリモ相次いで見つかる、その理由は?
阿寒湖の湖底で確認された直径約30センチの巨大マリモ(8月31日撮影)=釧路市教委提供 国の特別天然記念物マリモの生息地として知られる北海道釧路市の阿寒湖で、湖水の透明度が94年前の水準に回復したことが、道立総合研究機構環境科学研究センター(札幌市)などの調査でわかった。
阿寒湖では10年ほど前から、従来の1・5倍以上ある直径約30センチの巨大マリモが相次いで見つかっており、調査に協力した釧路市教委の若菜勇学芸専門員(54)は、透明度改善が巨大化につながったとみている。
調査したのは、同センター自然環境部の石川靖主査(48)らと滋賀県立大の研究グループ。この夏、直径30センチの木製板を湖面から沈める透明度の調査で、水深9メートルを計測した。1917年に道が初めて阿寒湖を調査した時と同じだった。石川主査は「阿寒湖の水質の改善傾向が確認された」としている。
阿寒湖は戦後、湖畔の温泉街の排水が流入、60年に透明度が水深1・2メートルまで悪化した。その後、下水処理施設の整備で水質が改善され、湖底に太陽光が入るようになって、マリモ群生地のある湖北部の浅瀬を取り囲むように水草が成長。マリモが深みに流されずに浅瀬にとどまり、光合成を続けて巨大化したとみられる。
(2011年11月3日14時33分 読売新聞)
イトカワ級の小惑星、地球に接近 NASA「衝突ない」関連トピックス地震 小惑星「2005YU55」。2010年4月、地球から230万キロの地点で、プエルトリコにある電波望遠鏡で撮影された=米航空宇宙局(NASA)提供
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直径約400メートルある小惑星が9日朝、地球に接近する。米航空宇宙局(NASA)によると、月よりも近い位置を通り過ぎるとみられるが、地球や月に衝突する恐れはない。
このサイズの小惑星が地球に接近するのは1976年以来で、次回は2028年までないという。
小惑星「2005YU55」で、探査機はやぶさが訪れた「イトカワ」とほぼ同じ大きさ。NASAの軌道計算では、日本時間の9日午前8時28分ごろに最接近し、月と地球の平均距離の85%に相当する地球から32万4600キロの地点を通過する。AP通信では、仮に地球に衝突した場合、直径6キロほどのクレーターができ、マグニチュード7の地震が起きるとの科学者の推測を伝えた。
<カブトムシ>さなぎはノックで存在知らせる…東大など発見
毎日新聞 11月5日(土)15時0分配信
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蛹室の中にいるカブトムシのサナギ=東京大学の小島渉さん提供
トン、トン−−。トイレにいる人が在室をノックで知らせるのと同じように、カブトムシのさなぎが周囲の土に体を打ち付けて、他の幼虫を遠ざけていることを、東京大と森林総合研究所(茨城県つくば市)が突き止めた。他のカブトムシの幼虫が無断で入室して、もろい自室が壊れるのを防ぐのが目的という。ノックの仕方が、さまざまな昆虫の幼虫を食べるモグラの移動に伴う震動に似ていることも判明し、ノックには他の効果を秘めている可能性がある。
【動画で見る】カブトムシのさなぎ 外へノック
ドイツの行動生態学・社会生物学誌に発表した。
カブトムシの幼虫は土の中で20〜50匹の群れで約8カ月間を過ごした後、初夏に周囲の土を塗り固めて蛹室(ようしつ)と呼ばれる卵形の空間を作り、その中でサナギになる。蛹室はもろく、外部の刺激で壊されると羽化がうまくできず、死んでしまうカブトムシが多い。
チームは、小さなプラスチックの容器に、サナギ1匹と幼虫1匹を入れて実験した。サナギが生きていると、幼虫はサナギの蛹室を11回のうち1回しか壊さなかった。ところが、サナギが死んでいると幼虫は動き回って9回のうち8回蛹室を壊した。
そこで、土中のサナギを観察すると、幼虫が近づくと背中を蛹室の壁に打ち付けて震動を発していた。どのサナギもほぼ1.5秒間に1回という同じリズムで背中を打ち付けていた。さらに、この震動を空の蛹室で再現すると、幼虫は近寄らず、51回中3回しか蛹室は壊されなかった。
チームの小島渉・東京大大学院生は「さなぎが動いていることは知られていたが、目的は謎だった。まるで会話をしているようだ」と驚く。【斎藤広子】
戦争伝える…水木しげるさんの絵と新聞報道展
2011年11月5日(土)11:47
(読売新聞)
漫画家・水木しげるさんが戦争をテーマに描いた作品と、当時の報道を伝える企画展「日米開戦70年 水木しげるの戦争と新聞報道」が5日、日本新聞博物館(横浜市中区)で始まった。
南太平洋の激戦地・ニューブリテン島で、爆風の中を逃げ回る水木さん本人を描いた絵や、真珠湾攻撃を伝える日米両国の新聞の号外など計約200点を展示。最前線で生き抜いた一兵士の視点で見た戦争と、記事や写真で伝えられた戦争との違いを見比べられる。
横浜市磯子区の団体役員石塚 昶雄 ( のぶお ) さん(67)は「(水木さんが)直接見ただけあって、戦争の様子がリアルに伝わってくる」と話していた。12月25日まで。入場料は一般・大学生500円、高校生300円、中学生以下無料。原則月曜休館。問い合わせは同館(045・661・2040)。
14歳で首都マニラに出稼ぎ
120年近い近代ボクシングの歴史上、6階級制覇を成し遂げたボクサーはオスカー・デラ・ホーヤ(アメリカ)とマニー・パッキャオ(フィリピン)のふたりしか存在しない。特にパッキャオの場合は、マイナー団体の戴冠も含めて10階級制覇と認定する識者もいるほどだ。そのパッキャオは11月12日(日本時間13日)、アメリカ・ラスベガスで宿敵ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)との決着戦に臨むことになっている。大一番を前に、次々と歴史を塗り替えていくフィリピンの英雄の足跡を紹介しよう。
エマヌエル・ダピドラン・パッキャオは1978年12月17日、フィリピンのミンダナオ島で6人兄弟のひとりとして生まれた。両親は農業従事者だったが、経済的には恵まれていなかったらしい。
パッキャオは12歳でボクシングを始め、14歳のときには家族に内緒で家を飛び出している。家計を助けるため首都マニラに出稼ぎに行ったのだ。しかし、都会で定職を得ることは難しく、パッキャオは路上で生活しながら肉体労働や物売りをして日々の糧を得ていたという。非公式ながらボクシングの試合に出て賞金を獲得していたのもこの頃のことだ。
アマチュア戦績は64戦60勝4敗という見事なもの。十代半ばでナショナル・チーム入りを果たしているほどだから、やはり天賦の才には恵まれていたといえよう。
プロ転向は95年1月のこと。その1ヵ月前に16歳の誕生日を迎えたばかりだった。驚くことにそのプロデビュー戦、のちの6階級制覇王者は最軽量のミニマム級を1ポンド上回るだけの106ポンド(約48.0キロ)しかなかったのである。
1年間で11連勝(4KO)を収めたが、12戦目で契約体重をオーバーしたうえ相手の左フックを浴びて3回KO負けを喫してしまった。これが最初の挫折だった。
再起後、18歳でOPBF東洋太平洋フライ級王座を獲得したパッキャオは98年5月には後楽園ホールのリングで試合をしている。
当時、日本2位にランクされていた寺尾新(八王子中屋)と対戦し179秒の間に3度倒し、強烈な印象を残したものだ。「鉄パイプで殴られたような感じで、首が肩にめり込んだかと思ったほど。ただ単にパンチが硬くて強いというだけでなく、連打もどこから来るか分からないので千手観音に殴られているような感覚だった」これは13年後の寺尾氏の回想である。
パッキャオが初の世界タイトルを獲得したのは、寺尾戦から7ヵ月後の98年12月のことだった。ユーリ・アルバチャコフ(ロシア)に勝ったことでも知られるチャッチャイ・サーサクン(タイ)にアウェーで逆転8回KO勝ちを収めたのだ。ポイントで相手に大量リードを許すなか、左フック一発で清算するという衝撃の勝利だった。
Written by ボクシングライター原功