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すると、快調だ。
すこぶるいい。
納豆が食べれないけど、この快調さを体験してしまうと、ま、しょうがないか。
体が快調だと、映画も観れるし、あちこち出張っていけるもんな。
神社仏閣に行って写真をとってお参りしてこよ。
ふーん。
わたすは、喉から手が出るほどブラジルの7万円の配当金が欲しいが、まだまだ安心出来ないからじっと我慢の子なのだった。
わたすも、賢い子だこと。
>オセロ
「オセロ」と聞いて何を連想します?遊戯?漫才?シェークスピア?
かくの如く、その知識によって人は言葉をそれぞれに理解してしまいますね。オセロゲーム、どんでん返しが面白いと言えば面白い単純な遊戯。
今話題のオセロ中島さんという女性。お笑い系では美人なのが売りだったみたいな人ですが、相方は幸せな(多分)、結婚生活を送っているというのに、何故かマスコミを賑わしている模様。この人は井上陽水さんの関連で、その意外性にちょっと注目した女性だけれど、なんと言えばいいのか....
シェークスピア、四大悲劇と言われる「オセロ」。これもうっとおしくって余り書く気にもならないけれど、掻い摘んで粗筋を書くなら、
オセロはベニスの貴族で、デズデモーナという妻を持ち、これをこよなく愛しています。ある日、オセロの旗手であるイアーゴーは同輩のキャシオーが昇進する事を知り、嫉妬する。
イアーゴーは策を練り、オセロがデズデモーナに贈ったハンカチをキャシオーの部屋に置き、デズデモーナがキャシオーと浮気をしているとオセロに進言します。怒ったオセロはデズデモーナを殺してしまいますが、イアーゴーの妻のエミリアが真実を告げるとイアーゴーはエミリアをも殺して逃走してしまいます。悲しみの中でオセロもまた自殺をしてしまう。
というようなお話でありまして。
ジェラシーというのもやっかいな代物ですが、井上陽水夫妻が不仲で別居状態だったなんてね。石川セリさんの為に曲を作っていた人でしたが、女性に持てたくて曲を贈っていたとか?しかもそれが商売になっていたなら、一石二鳥ではあります。
<
ジェラシーも愛情表現のひとつだからなんとも。
愛は盲目、というか、人を狂わせるんだよね。
イヤーゴーの奸計が凄まじいもんな。
猛将オセロも、狡賢い奸計にしてやられてしまうのだった。
http://www.mkimpo.com/minibbs/kamex/imgboard.cgi
映画おやすみアンモナイト公開
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Re:
今井政幸 2010/01/30(Sat) 16:24 No.1
ムキちゃんもtwitterやってるね。 |
>あそびをせむとやうまれけむ
王朝絵巻と立ち雛・コラージュ posted by (C)ジョゼ
「源氏物語」や「枕草子」などにも登場する「ひいなあそび」。10世紀以上もの歴史のある雛人形は、日本独自の大切な文化遺産と言えましょうか。今のような華美な有職ひな人形が主流になったのは、元禄の世であろうと推察致します。
さて、源氏物語と平家物語。
この二つの物語は同じ時代を描いたものだと言えましょうか。源氏物語は、モデルがどうも、白河法皇と鳥羽天皇。光る君はどうも理想とした架空の人物であるようですが、この源氏物語は消えていった公家たちへの鎮魂の物語だという視点。小説の中で不幸な生い立ちの「光源氏」を美化し称揚することで、皇位にもつけず高い官職にも就けなかった幾多の「負け組」たちを鎮魂したという解釈がある「源氏物語」。この物語は藤原道長が、紫式部に書かせた=道長の政敵たちの怨霊を鎮魂するために書かれた可能性が高いと言われる所以。光源氏は全ての公達の集合体?何故、源氏という名前なのか、という疑問。
藤原家や天皇家が、姻戚関係によっても力を持ちすぎた平家一門を滅ぼす為に源氏一門にすり寄って、そして武家政権が誕生してしまい、公家は少々慌てるけれども東関東と言うごく狭い地域での事で、政権と言うにはほど遠い印象です。その後、平氏の北条氏が台頭し、1467 年(応仁 1)から 11 年間続いたこの応仁の乱で京は御所の周りを除いて焼け野原に。
「計らざりき、万歳期せし都も、今は何ぞ狐狼の伏土とならんとは
汝や知る 都は野辺の夕雲雀 あがるを見ても落つる涙は」
<
そうそう。
歴史的視座って、殺伐とした寂寥感というか、無力さを感じることが多い。
争いあう人間ってなんて愚かなんだろう。
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2012-02-08&ch=10&eid=11620&p=1
ポワロも老けたね。
肝心のエーザイのがない。
あれがいっとう配当金が多いのだ。
あらら。
それは、これなんだけど、再発行してくれないのかな。
明日、三菱UFJ信託銀行に問い合わせてみよ。
http://ppp.atbbs.jp/photo/akarenga/130623752324850.jpg
| … |
Re:
今井政幸 2012/02/08(Wed) 21:38 No.1
エーザイの第99期期末配当金計算書が見つからないから 投稿者:今井政幸 投稿日:2012年 2月 7日(火)20時21分58秒 返信・引用 |
(無題) 投稿者:今井政幸 投稿日:2012年 2月 8日(水)07時11分10秒 返信・引用
>ミスコン・ミスキャスト
日本ではじめてのミスコンで第一位となった常磐御前が美人だった、といってもあくまでもHeian Beautyでありまして(^^;
決して若尾文子さんのような美系ではなかった、というのは確かな気が致しますし、次期常磐御前は大人の事情からの配役だという噂も。
この人は名古屋では有名な人らしい。とうちファミリーとか言っていたかしらん?
画面の汚さとともに国民の皆様にいたく不評だという「王家」呼ばわり(w...。
時代考証をしたという東大の准教授が「週刊ポスト」2012年2月3日号に言い訳
「清盛の時代は、白河法皇、鳥羽上皇など個人の力が絶大で、天皇家全体を表わす明確な言葉はありませんでした。一方で、この時代に天皇を『王』や『王者』と書いている例は多数見つかります。それ以外に使われるのは『主上』『帝』で、『天皇』はほとんど使われません。そのため『王家』という表現が最も当時の実情に近いと考えられるのです」
「『王家』という呼び方を批判する方々は、天皇は中国の皇帝と同格だから、『王』では侮辱にあたると主張します。しかし当時の人の感覚ではそうならない。現代よりもはるかに位や身分の上下について敏感だった貴族たちが、天皇を『王』と書いているのです。決して皇室を貶める意図はありません」
※週刊ポスト2012年2月3日号
この説明はおかしいんではなかろうか?まず、種本であろうと思われる「平家物語」自体に桓武天皇他、天皇表記はでてきますよね。それに、近年の研究では「天皇」号が成立したのは大宝律令であります。「天皇」号が使用されていたのは、法制化される直前の天武天皇ないしは持統天皇の時代(7世紀後半)とされているのは割合知られたことですし、この本郷氏自身も自書の『謎とき平清盛』本郷和人著(文春新書)の中で【当時も『王家』は使われていない】と断言し、認めているというのに、なんなんでしょうね、NHKの意図は。在日社員さんの多い企業は遣る事が変。
律令制度そのものは中国からの渡来人によって伝承された制度なのですから、それに倣ったと考えるのが自然ではないのかしらね。勿論呼称としてだけの事で、システムは日本独自に発展してきたのも当たり前のことであって。中国では皇帝がもっとも地位が高い存在でありましたが、最期の皇帝を追い出してしまったのでした。日本でなくなられたのでした、愛新覚羅溥儀というお方ですが。
平氏は桓武・仁明・文徳・光孝の四天皇の皇位を継ぐ見込みの無い皇子が、皇族を離れ臣下となる際に「平」の姓を賜ったものらしい。この男系子孫を総じて平氏といい、特に桓武平氏が有名で、他にも三浦氏、千葉氏、北条氏、畠山氏などなどが平氏。
平家というのは、平氏の内、伊勢平氏の平正盛の家系を平家といい、平清盛一族のみを言うらしい。因みに、「平家物語」は平清盛ファミリーの栄枯盛衰を描いた軍記で、以前も書きましたが作者不詳なれど、吉田兼好はその著書「徒然草」の中で、信濃前司行長が平家物語の作者であり、生仏(しょうぶつ)という盲目の音楽家に教えて語らせたと書いています。されど、真偽は不明です。
<
愛新覚羅溥儀は北京で死んでると思うぞ。
皇位を継がなくても皇族関係者がドラマで犬呼ばわりされてるのも、違和感があるか。
ドラマのためにそゆ状況設定が必要なんだべな。
(無題) 投稿者:今井政幸 投稿日:2012年 2月 7日(火)08時33分9秒 返信・引用
>ときはいま....
みなみかぜで一気に気温が上昇。雪なだれ、だいじょうぶかな...
ときはいまあめがしたしるさつきかな
と、詠んだのは明智光秀でありますが、ときはといえば、「常盤会」。常磐線界隈在住者の同窓会の名称、というのもあるが、皇室のあるグループの名前というのもある。
天下の美しい系、常盤御前にあやかって、、、?
常盤御前というのは、もしかしたら「チンギスハーン」の生母、かもしれません(w...
判り易い所では牛若丸の母。源義朝の愛妾とかなんとか。夫亡き後、三人の子供ともども、平清盛に出頭。清盛により、末子・牛若 (後の義経)との生活を許された常盤御前。その余りの美貌に清盛がぐらぐらっとなって、清盛との間に子供が生まれ、牛若は居場所がなくなった、らしいのです。その後、貴船の鞍馬山で天狗を相手に修業をし、京の五条の橋の上で弁慶と知り合って、苦楽を共に...牛若は嫉妬に駆られた(?)兄、頼朝に追われ、蝦夷地へ、そしてHop Step Jumpと龍になって大陸のモンゴルへと...妄想大爆発。いや、私ではありませんです。そういう著作本が出ている、という話です。
福原殿が「一説」に白河法王の落胤といわれる所以は、白河法皇の愛妾で京都の祇園界隈住まいした女性が、清盛を猶子にしたからでありまして、生母はこの祇園女御の妹、らしい。
この祇園女御の庇護の下に育ったことから白河法皇の落胤だと「噂された」だけで、この噂を真実のように作り上げているのが某局ではありますが、遊女の悲しみを謳っていると言われる梁塵秘抄が随所に流れる手法がそれを暗示している、のかな?
六波羅殿が、天敵・源義朝を滅ぼした後、未亡人の常磐御前と知り合ったのが、京都は五条に近い六波羅でありまして。六波羅密寺には六波羅殿がおわしまする。
六波羅蜜寺 平清盛坐像 posted by (C)poco
<
みなみ風なのか。
どうりで汗が出る。
命を助けた義経に平家が滅ぼされるんだから、歴史は皮肉だわさ。
すかす、戦闘を本文とする武士なら、戦って敗れたことに悔いはないかも。
戦って勝敗が決するのは、ある意味フェアかも。
勝利の結果を出さないとダメよねん。
祟りが解けたかや。