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こゆとき、乾燥機能があると便利だよね。
台風並みの荒天候ってことで、会社は2時半に撤収命令を出した。
残務整理があったから、わたすは、3時過ぎの退社と出遅れたのだった。
ネットにはJR各線が間引き運転してるとあったから、ままよと地下鉄に乗って、中目黒経由の東横線で横浜に帰ってきたのさ。
これが大正解。
JRがダイヤが乱れてるなか、東横線は5分遅れではあったが、なんなく横浜に着いた。
で、わたすは、いま、一時間に一本の山の上まで行くバスに乗れたのだった。
JRでグズグズ移動してたらこんな快挙はとうてい達成出来ない。
天気は雨風だけど、わたすの心はすっきり晴れ模様だわさわさ。
いえぃ〜!
>「八重の桜」
いにしえの ならのみやこの やえざくら きょうここのえに においぬるかな
奈良・興福寺から、中宮彰子へ贈られた八重桜の献上の儀式で詠まれた伊勢大輔の歌。「小倉百人一首」です。伊勢大輔は「いせのたいふ」と読み、男性ではありません。第66代・一条天皇の中宮であった藤原彰子(しょうし)に仕えた女房であり、あの紫式部や和泉式部の同僚です。元祖キャリア・ウーマン。
「八重の桜」は、新島八重さん。もともと山本さん。一昨日も福島県で地震があったそうですが、福島県出身の女性。会津藩砲術師範であった実母の実家の家格は黒紐席という上士でありながらも、僅か15人扶持でしかなかったという。教え子(ただし、操銃)の白虎隊の少年たちとともに戦った女性。
維新の辛酸をなめた女性と、密航で出国していた為、維新を経験していない伴侶。京都にて知り合った夫の新島襄は、留学先のアメリカの友人にあてて「彼女は見た目は決して美しくはありません。ただ、生き方がハンサムなのです。私にはそれで十分です。」と一言多い手紙を送ったとか。元祖ハンサム・ウーマン(w...
八重の長兄山本覚馬は、1853(嘉永6)年に師の林権助が江戸出府を命じられた際に随行し、佐久間象山、勝海舟に師事し、また西周[にしあまね]らとも親交があり、全盲となりながらも京都府の府政を担い、後に八重の夫となる新島襄と同志社を創立した、ということです。来年はまた、いにしえの、自称歴史少年達の胸騒ぎ?
暗殺された孝明天皇からの信頼が厚かったらしい松平容保。会津藩にとって何よりも不幸であったことは、薩摩藩の島津斎彬や、長州藩の吉田松陰のような、優れたレーダー的情報収集力と広い視野を持った指導者がいなかったことだと書いていた人がありました。
夫の新島襄って天保14年(1843年)、江戸の神田にあった上州安中藩板倉家江戸屋敷で、藩士の子として生まれ、本名を七五三太(しめた)というらしいのです。この名前は、祖父弁治が女子が4人続いた後の初の男子誕生に喜び「しめた」と言った事から命名されたという説がありますが、真偽は不明であります。
元治元年(1864年)、函館から米船ベルリン号で密出国した「21歳のしめた青年」は、上海でワイルド・ローヴァー号に乗り換え、船中で船長ホレイス・S・テイラーに「Joe(ジョー)」と呼ばれていたことから以後その名を使い始め、後年の帰国後は「譲」「襄」と名乗った由。あらら、そうだったのね。七五三太(しめた)も大概面白い命名だと思うのですが、「嘘だと言ってよ、ジョー!」、ジョン・万次郎に同じだったのですね。今上天皇も気楽にジミーと呼ばれていたそうですが、日本人には特に本名との因果がなにもない愛称で呼ぶのは米国人のくせみたいなものでしょうかね。
米国で新島しめたくんは、後に札幌農学校教頭となるウィリアム・スミス・クラークから化学の授業を受けていた模様。クラークにとっては新島Joeは、最初の日本人学生であり、この縁でクラークは来日することとなったというから驚いてしまう。当初密入国者として渡米した新島襄が、初代の駐米公使となった森有礼によって正式な留学生として認可されたのだそうです。あれ?あれい?日本書紀の編纂を指示された人もあれい。稗田阿礼だったような...有礼は「ありのり」、稗田阿礼は「あれ」。
明治5年(1872年)、アメリカ訪問中の岩倉使節団と接見するに至り、襄の語学力に目をつけた木戸孝允は、4月16日から翌年1月にかけて自分付けの通訳として使節団に参加させたのだそうです。留学生第1号のジョン・万次郎は勝海舟艦長らと咸臨丸で渡米、正確には留学生第2号の新島襄は、岩倉使節団に参加して米国から欧州へ。
<
昨日は録りだめていたテレビの番組から「美の巨人たち」の安井曾太郎の「金蓉」を見てた。
わたすは、この前、竹橋の近代美術館に行ったとき、見てきたやつだ。
モデルは小田切峰子。
いいわぁ、この女性。
頭が良さそうできりっとしてて。
こゆ女性たちが日本にいたことは誇りだわね。
これからも、こゆ知的な才媛がびしばし現れてきて欲しいよ。
タクシー運転手に暴行を働き、料金を踏み倒したとして、警視庁神田署は22日、強盗の疑いで、出版会社「サンガ」社長、島影透容疑者(54)=東京都千代田区三崎町=を逮捕した。同署によると、容疑を認め「料金が高すぎると思った」などと供述している。
逮捕容疑は22日未明、JR蒲田駅から自宅まで乗車したタクシーの男性運転手(61)に「高いじゃないか。こんな料金だったら泊まったほうがいい」と激怒。暴行の末、料金8790円を払わずに逃走した疑い。
同署によると、事件後、同署員が被害者の証言を基に犯人の似顔絵を作製。現場近くに住んでいた島影容疑者と特徴が似ていたことから、任意で事情を聴いたところ、犯行を認めた。
同社ホームページによると、同社は仏教や、自己啓発関連の書籍を出版。出版物の中には『怒らないこと』『怒り〜心の炎の鎮め方〜』などがある。
(以上、サンスポ より)
『怒らないこと』 『心の炎の鎮め方』 を出している出版会社の社長が、「心の炎を鎮められず」 に、タクシー運転手に暴行したのかよ!
何も考えずにこの新聞記事のタイトルを読んだ時、僕は パープルサンガ(サッカー Jリーグの京都サンガの旧称) の社長は何しとるんや?と思った。(笑)
けど、よく読んでみると、サンガという仏教関連の本を出版している会社の社長だった。
この社長は自分の会社の出版物を読んでいないのか?
是非とも、『心の炎の鎮め方』 を読んでいただきたい。。。
↓
http://anthony3b.blog108.fc2.com/blog-entry-5010.html
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Re:
今井政幸 2012/04/02(Mon) 20:29 No.1
逮捕されたら会社員ならまず会社はクビだ。 |
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Re:
Anthony HP 2012/04/02(Mon) 23:44 No.2
ウチのブログの読者情報では、この会社は仙台が本社だそうで、社長は東京に避難してきていたようです。 |
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Re:
今井政幸 2012/04/03(Tue) 07:07 No.3
仙台じゃ、料金踏み倒しが日常茶飯事なんじゃろか。 |
http://blog.goo.ne.jp/kakattekonnkai_2006/e/b8468367c4b02cf29e9f1b8e39be5115
パトリオット。
英語圏でも愛国心は持っている。
愛国心をもつのはどこの国でも同じだわさ。
危険なのはファシズム。愛国心ではにゃい。
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Re:
今井政幸 2012/04/02(Mon) 23:10 No.1
バーカターレばかもめはとことんアホだね。 |
>「明治が近くなりにけり」
修復工事中の東京駅丸の内駅舎が全館完成しました。何故か元気な丸の内界隈。
平安も近くなりにけり?
平安時代以来だという、日本で見られる金環食は5月21日です。翌5月22日はスカイタワーのオープン初日。関係各位、というのか偉い方々だけスカイタワーからご覧になるのかもね、金環日食。どういう感じかしらん。まるで空中庭園?
太陽を見る為の眼鏡、必携です。どこに売っているのかは知りません。文具屋?
文治元年(1185年)の大地震で、平忠盛が鳥羽上皇に寄進した三十三間堂が崩壊致しました。先だって、将来予想される地震のシュミレーションで津波の高さが大幅に予測を上回るであろうという結果がでたらしいのですが、
「洪水みなぎり来たらば岳に上つてもなどか助からざらん、猛火燃え来たらば川を隔ててもしばしも去んぬべし。ただ悲しかりけるは大地震なり。」
と、平家物語にも「津波」の記述が確かにあります。用心に越したことはないと思います。千手観音は今の三十三間堂にも、今の内閣にも無事、おわしまする。この地震の翌年、流鏑馬を源頼朝に教えたのが、平清盛の親友、佐藤義清(西行)。
平治の乱に皆既日食が現れるわけですが、平治元年(1159?1160?)平治の乱にて、源頼朝の弟、義経の命を助けたのが忠盛の息子・平清盛。養和元(1181)年閏2月4日死去。平家は平清盛一族のみを指す模様。平家は海洋民族であり、マレーシアあたりから海を渡ってきた一族だという説があります。真偽は不明です。
海洋民族といえば、古代遺跡から、8万点とも、12万点とも言われる神宝が発見されているという福岡県の沖の島は海の正倉院と言うらしい。。大陸・半島と九州・山陰を結ぶちょうど通過点にある「沖ノ島」には宗像海人と呼ばれる人たちがいたらしい。
ちょっと脱線しますが、宗像紀夫氏は、ご先祖を遡ればこの界隈なのかしらね。宗像弁護士が、福島県の佐藤栄佐久前知事(玄葉大臣の岳父)を弁護するに至った経緯は何だったのでしょうか。リクルート事件では検察側にいた宗像氏。裏で検察とは話し合っているのでしょうかね、佐藤栄佐久前知事は原発に異を唱えておられたわけですが...
海人と書いて、「はたびと」と読みますが、大海人と書くと「おおしあま」→「おおあま」。大海人皇子、「おおあまのおうじ」で、後の天武天皇。この人も謎の多い人物で、天智天皇の弟であれば、乙巳の変や白村江の戦いなどの重要局面で、大海人は登場するはずなのに、書記においては登場していません。大海人皇子が活躍が目立つようになるのは大津遷都以後となります。
一応兄と言う事になっている天智天皇は4人もの娘を、天武天皇に嫁がせているので、これも異常と言えば異常というか。三親等にあたりますか、もしかして。天皇家は古代から多いらしい、こういう事が。平清盛が真似た姻戚関係。天智・天武は兄弟なのに変ね(w..
然り乍ら、天武天皇は「額田王」(一説に官女とも、采女ともされる)との有名な....しかも額田王はお兄さんの方が本当は好みだったらしい。兄の中大兄皇子(天智天皇)は、多妻ながら額田王の姉が好みで...入り乱れ過ぎていみわかめ状態であります。
天武天皇が天皇系とは別の家系、というのはありそうでなさそうで。
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そうか。丸の内は元気なのか。
三菱一号館美術館に行ってみよかな。
建物の美学ってあんまし興味を惹かなかったかもしれないが、わたすは建物の美学は好きだ。
建築デザインがもっともっと関心持たれるべきだと思ってる。
建築デザインってやっぱヨーロッパ行って見てくるものだろか。
沖の島は一度は行ってみたい考古学スポットだわさ。
昨日テレビでやってたけど、なんか、上っ面を撫でただけだったような。
印象に残ってない。
考古学もそうだけど、あそこは、神々の系譜が集中してるから、一度は行って見てきたいわさ。
天智と天武って兄弟でなかったとか?
文字記録が残っていながら全然核心が分からないからそそるなぁ。
天皇の墓は研究させてもらえないんかいね。
>「民を殺すは国家を殺すなり」
省庁の新卒採用激減は何も、知事や国会議員がいう官僚の無駄削減でもなんでもなくて、今後、人口が減り、よって仕事が減るというだけの合理的な理由でありまして、普通は、そうか、日本の人口はそこまで減るのかと、国民の意識を覚醒したに過ぎません。だから、増税とはならない。反対でしょ?
無駄削減とはそういう所には使いませんよね。東電と同じ体質、独占状態。民から巻き上げる、自身は不相応な贅沢を他人のお金(電気料金・税金など公共料金)で、という構図。
野田家の秘密?「亜系」って?日本以外の亜細亜系、ってこと?
雇われマダムみたいな人がでしゃばって、仕事横取りして、ホステスさんに喜ばれているのかしらん?
新興宗教の教祖みたいに、自書を強要するのは如何なものか。立場あればこそ言うべきではない。パワハラでもしそうではないか、拒否したら。第一都民の立場でなら大まちがいの愚策を打っているしね。さっさと作家に戻って頂きたいものです、それほど自慢話を読ませたいのなら。
http://www.news-postseven.com/archives/20120314_94480.html
橋下大阪市長でもそこまでの洗脳は遣らないでしょうにね。
http://torakagenotes.blog91.fc2.com/blog-entry-840.html
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リストラというか合理化というか、首切りでもいいんだけど、人を減らすと同時にパソコンを入れて業務の効率化を図るべきなんだわさ。
意外とパソコンというか電子機器がまったく活用されていない。
官庁は、どこも職員はパソコン技術をマスターしとくべきだ。
マクロを組むくらいに。
パソコンを扱えないから、日本はダメなんよ。
明日の「博奕打ち」も録画予約したから寝よ。
明日は「イゴールの約束」もあるのだった。
これも録らねば。
明日は、なんぞ映画を見てこなければ。
| … |
Re:
今井政幸 2012/04/01(Sun) 21:42 No.1
喉がひりひりするから、大事をとって映画にはいかなんだ。 |
>「あれは...三年前」
本日はエイプリルフールだということで、毎年この日になるとサイトの閉鎖を宣言する人が、今年も懲りずにやってました(w...
三年前の情報もなかなか興味深く、小沢裁判は、敗色濃厚と言うことかな?負けても上告して、延々と弁護士に報酬を払ってればいいのでは?あの業界も不況なので。
白川司朗と言う人は、宮城県仙台市の出身だった三塚博さん(故人)の秘書をしていた人ですよね。三塚さんというのは、浜田幸一氏がその著書の中で、ゼネコン汚職疑惑や中川一郎怪死事件についても言及し、三塚が首相になれば日本は滅ぶとまで言い切っていた、「桜の花はなぜ美しいのか―― それは、己の散り際を心得ているからだろう」という書き出しではじまる「日本をダメにした9人の政治家」の一人。
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9人でダメになる日本つーのも情けなさ過ぎるがこれが現実かも。