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Re:
今井政幸 2011/07/31(Sun) 09:03 No.1
ばかもめがいつまでも嘘をつくのはやはりある種のビョーキだからだろうね。
「だが、わたしは、田吾の言う、中ちゃんというのが、さっぱり誰のことか、どこの掲示板で何を言っている舎弟なのか、見たことも聞いたこともないのであった。」
これは嘘だ。 ばかもめはさんざん中ちゃんの掲示板でアラシまくってたから、いまさら、中ちゃんが誰かを知らないなってシラを切ってもいいわけにすぎない。
この嘘をこいていいわけする愚かなばかもめの姿が、ぶさよのぶさよたる欠陥なのだよ。 そこに、事実も真理もありはしない。 あるのは、意固地で矮小で小狡い悪質な自己正当化だ。 いまの菅がそうだ。 あのいいわけの屁理屈論法は世界の恥だ。
中ちゃんは、えらく誤解したのだが、わたすは、ばかもめがふりちゃんの事務所に行こうとしなかったのは全然気にしてないが、わたすがふりちゃんの事務所に行って、ふりちゃんを轟沈させた後で、なんの役にも立たなかった自分の無能さを棚に上げて、わたすをなじり始めた行為は決して許さない。 だから、中ちゃんが、わたすたちの仲を取り持ちたいとして芋を贈るようとの提案は逆効果(中ちゃんの気持ちからみたら)だと思ったのだが、わたすがそれにのったのは、当然、ひとりでなにも出来ないばかもめなんぞわたすにとってただの足手まといにすぎないから、いい加減、切り捨てからだったのさ。 がはははは。
「拙者を、バカにするのもいい加減にしろと、わたしは、ダンボール箱を、田吾作につき返したのである。」
私小説で自己中のばかもめは、自分が馬鹿にされることがこの世でいっとう大事なことだが、この主観的視野を客観的視野からみれば、「馬鹿にするな」とは、わたすの立場からも言えることではある。 言う権利があるということだが。 ぶさよは、この、平等公平の客観性をまるで無視してしまう欠陥がある。 つまり、自分は貧乏人で弱者だから、相手より、より多くの主張が出来るという誤解だ。 人間同士、互いに、平等なのだから、この勘違いは許されない。 ばかもめが馬鹿にされるのは許されなくて、わたすが馬鹿にされることが許されるということはない。 天は人の上に人を作らずだ。 ばかもめは自分がやっている、今井を馬鹿にしてる行為が許される(ばかもめにしてみたら正義だから許されるというロジックなのだが)なら、わたすがしたとする馬鹿にした許されることなのだ。 この当然の、互恵平等さを、主観私小説視野狭窄のばかもめは理解出来ない。 常に、貧乏で弱者のばかもめだけが正しいとするからだ。 そうはいくかい。 あほたれ。 馬鹿にする行為は等しく誰がやっても間違っていることなのだ。 この平等さの真理をぶさよは理解するべきだ。 貧乏だろうが、弱者であろうが、悪いことをやったら許されないのだ。 人は、法の下に平等だ。 そこに金持ちも貧乏人もない。
ばかもめが芋を拒絶して、話は一件落着した。 それだけのことをばかもめはいつまでも根に持っている。 主観私小説のばかもめは自分が馬鹿にされることだけが大問題なことで、自分がミーハー愚民を馬鹿にすることは許されると勘違いしてることなのだろう。 これは、当然、誤解も甚だしいのだわさ。 いい加減、主観私小説から卒業しないと、世の中、やっていけないよね。 といっても、ばかもめが今後どうなろうとわたすの知ったこっちゃない。 がはははは。
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