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Re:
今井政幸 2009/11/06(Fri) 07:07 No.1
表情で表現するだけさ。 |
なにかコメントしてあげようかと思ったけど、明日、頑張って「トスカ」を見たいので、パス。
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Re:
「トスカ」を見たいので 2009/11/05(Thu) 23:37 No.1
これ田吾よ。君の言う「トスカ」が、プッチーニの歌劇「トスカ」のことであるならば、それは見るものではなく、聴くものだ。心得違いをするではないぞ。なんであれ、映されたものこそ真実であると決め付けるテレビ馬鹿。 |
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Re:
今井政幸 2009/11/06(Fri) 07:01 No.2
詭弁妄想でまこきかもめはアホだな。 |
>かもめの持論は科学は仮説だけで本説(?)はないというものだから、かもめは、言ってることがころころ変わるな。
だから、言葉におけるあらゆるすべてのことが、その本意は、本説には何ひとつ到達することのない仮説だと申している。これ田吾よのばやい、仮説では、なにか不満があるのかね。本説にしたければ、自分の手で触ってみるしかないだろう。そうやって出来上がった、当人の本説も、やはり、これまた他人にとっては仮説にすぎないのだよ。それでよいのだ。それっきゃないのだ。これは形而上学の本意である。以上のことは、昔むかしのイマニエル・カントが論証している。さらにカントは、物そのものには、認識上、すなわち言辞において、永遠に人間は把握することも、その全体像にも到達することはできないと断じたのである。だが、その後知的な人間は自然のすべてを反映すると断じたのがマルクスだ。人間が、自然を学びつくせば、やがて自然のすべてを理解すると豪語した。マルクスは学習馬鹿と言えようぞ。わたしに言わせれば学習すればするほど、人間はアホになる。これが齢60を超えた、私が、ここまで学習した結果の答えである。
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Re:
今井政幸 2009/11/06(Fri) 06:55 No.1
なんも学習しないかもめは、もっとばかだろ。(爆) |
おまえが言っているのだろう。このバカは。だから、田子は田子以上でも以下でもないと、言われっぱなしだ。
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Re:
今井政幸 2009/11/06(Fri) 06:39 No.1
なんだい、おまえが言っているって? |
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Re:
今井政幸 2009/11/06(Fri) 06:52 No.2
>言われっぱなしだ。< |
触れない、概念の実体を、ならば、かもめは一生しることはない。
実体の実体を、触ってみろ!たわけ!
触らなくとも実体は実体。
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Re:
概念の実体? 2009/11/06(Fri) 00:34 No.1
概念とは言辞のことだ。言葉のことだ。言葉の真意は、個人に宿る。真実なる言葉は声のことに相違ない。声という実体物のない人もいる。それらの人の声とは手紙、または「文」であろう。あらゆる真実なる概念は、すなわち個人に帰するのである。当人を知るしか方法はない。当人の声を聞くしか、概念を知る方法はないのである。社会的に出来上がった概念? |
>カメラで収録して、収録したのをテレビでみたら、物語られる必要なんてないだろ。
それなら聞くが、月の実体とは、なにかね。田吾は、月を食ったことがあるのかね。月に触ったことがあるのかね。月を、掌中にしたことがあるのかね。君の言う月とはなにかね。さらにその実体とは?拙者は、見たことも聞いたこともない月だ。だから君は、界隈の娘たちから、60手前のおっさんがオタコナスのテレビ豚だと、言われっぱなしだ。
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Re:
今井政幸 2009/11/05(Thu) 23:25 No.1
かもめ、月に触りたかったら、触ってこい。 |
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Re:
今井政幸 2009/11/05(Thu) 23:29 No.4
触れない、概念の実体を、ならば、かもめは一生しることはない。 |
事実は物語(ものがた)られて、はじめて事実らしきものになる。だが、物語るのは個人の声であり個人の文である以上、鵜呑みにはできないものだが、人間は、たえず普遍性を求めてやまない。仮説が本説に成り上がり、単なる事柄が「客観的」事実、または「科学的」事実として格上げされ、子弟教育の教材とされてしまうのである。
だからといってまた強引に普遍的にも、なりようがない。
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Re:
今井政幸 2009/11/05(Thu) 23:02 No.1
事実:事の真実。本当にあった事柄。 |
>映画もテレビも録画機に録画されたものも、みな、同じ内容<
明日、わたすは、なんとか頑張って、東劇で19時から「トスカ」を見ようかとおもっとる。
どうなることかいね。
その理由は、109シネマズ川崎で見ると、その映画館は、キャパ140人くらいのスクリーンなのだ。
東劇は400人くらいのキャパで、つまり、スクリーンが大きい。
マイケルの「THIS IS IT」は、チネチッタでキャパ500人以上のとこでやった。
この大きさの差が、スクリーンとテレビではあるのだわさ。
わたすが映画館に出て行く理由は、うちの42インチの液晶テレビでは迫力にもの足らないからなんよ。
いわずもがなのことだけどね。